2001/04/30     私における小室直樹                                       前頁に戻る

 

         
    小室直樹は初期の出世作「危機の構造」や「ソビエト帝国の崩壊」以来ずっと読み続けてきた。私の書棚には昔のカッパブックから始まって近刊のしっかりした装丁のものまで小室文庫と呼べる一連の著作が揃っている。初期の頃は熱烈なファンだった。よく小室の新刊の著書がないかと書店を目を皿のようにして探し回ったものだ。彼の最大の魅力はその特異な経歴と行動力にくわえ、歯に衣着せね大胆な発言にあった。それは奇を衒うというのではなく学者としての信念からほとばしり出る発言だった。私はそこを潔しとし魅了されたのだ。当時の彼は赤貧のどん底だった。世間は彼を奇人として愚弄した。彼はそんなことお構い無しで次々と当時の常識を覆す著書を世に問い続けていた。東大で自主講座を開いていたのもこの頃だ。無報酬で学生たちに彼の学識を伝えていたのである。その当時の弟子に橋爪大三郎や副島隆彦がおり、今では彼らも新進気鋭の評論家として活躍するにいたっている。当時は私も自称「小室の弟子」であった。そして小室を敬愛してやまなかったのである。

    初期の小室直樹は愛すべき学者でだった。学問探求の鬼だった。かれの学殖は数学から始まり、経済学、法学、政治学、心理学、社会学、人類学と多岐に渡っている。京都大学で数学を大阪大学で経済学を修めた後、若くしてフルブライト留学生としてアメリカに渡りミシガン大学、ハーバート大学、MITを渡り歩き、MITではサミュエルソンの直弟子として理論経済学を学んでいる。帰国後東大で政治学、法社会学、人類学、社会学を学び法学博士を授与される。すべて一流所で学んできているのであり、その学識は他を圧倒していた。しかし彼は不遇だった。当時の日本の閉鎖的な学会では彼のような学際人を受け入れる余地はなかったのである。真理を求めて自己に忠実に生きて来た結果がこれであった。彼は仕方なく食べるために著述を始めたのであった。そしてここから初期の名作が生れていったのである。

    初めて「ソビエト帝国の崩壊」を読んだ時は強い衝撃を受けた。すごい新人が出てきたと驚いたものだ。若くして共産党に入り一年も満たないうちに反党分子というレッテルを貼られて離党した経験のある私には共産党の持つ官僚制という致命的な欠点をいやというほど熟知していた。そこには個人の自由は皆無であった。小室はこの著書の中で共産主義は人民が共産主義に対する夢を失った時、肥大化した官僚制は硬直化の道を突っ走り、生産力を失ってついに自然崩壊すると結論づけていたのである。ソビエトの人民はすでにフルシチョフのスターリン批判で共産主義に対する夢を失っていた。従っていずれソビエトは必ず崩壊すると予言したのであった。その洞察は鋭く、その言葉通りに十年後ソビエトは崩壊したのである。

    以後小室は日本の官僚制に対しても鋭く批判を浴びせ無能な経済政策と腐敗の進行する組織に激しく警鐘を鳴らし続けた。日本のリーダシップをとるべき官僚組織に取り返しのつかない腐蝕と制度疲労が起こっていることを小室は以前から見抜いていたのである。しかし当時の日本株式会社は絶好調で、通産省の指導のもと世界を席巻しわが世の春を謳歌していた。米国のある学者などは日本はNO.1だと持ち上げて賞賛した程だった。右肩上がりの成長が永久に続いていくものと誰も信じて疑わなかった時代である。しかしその警鐘通り数年後バブルは崩壊し、日本の官僚が如何に無能であるかが暴露される結果となったのである。

    小室直樹の活動の舞台は広大である。私は様々な知識を彼から授かってきた。たとえば国連が軍事同盟の延長に過ぎない「連合国」であり、いまだに日本には「敵国条項」が適応されていること。山本七平との共同研究では日本人には日本教という「空気」に似た宗教がありそれが日本人の行動を支配していること。資本主義の原点にはキリスト教の予定調和説があること。田中角栄はロキード事件では無罪であること。などなど。数え上げればきりがないほど実に様々な分野の様々な知識を彼から授かってきた。今でも小室の著書を書店で見つければ必ず購入するようにしている。しかし最近はじっくり読む暇もなく積読(つんどく)することが多くなってしまった。いずれ時間に余裕ができた時にじっくり読みたいと思っている。

    以上小室を称える賛辞を贈ってきたが、私には小室に対して大きな疑問を抱いていることがある。彼には国際金融財閥を正面から扱った著作がただの一部もないことだ。彼は学者だから国際経済を論じる時は学術用語を駆使して経済理論にそって話を進め、それで読者を納得させようとする。学者らしく学問の体系と論理的整合性にしたがって事象の解釈をおこない発言することを常としているのだ。しかし彼は本気で経済現象が人間を超えた経済法則によって動くものと確信しているのだろうか。そう考えているとするなら小室は本当の「学者馬鹿」と言うほかはないだろう。経済とは人間の欲で動いているものである。それも巨大な金を動かせる人間の欲によってである。経済法則などというものはその結果を統計処理しマクロ的に解釈して法則化したものに過ぎないのだ。小室直樹はこのことをどう考えているのだろうか。

    ここに一冊の本がある。1988年に青春出版から出版された「経済裏陰謀の常識」という本だ。この本はイルミナティの経済裏陰謀を日本で初めて紹介した衝撃的な内容の本だ。イルミナティとは国際金融財閥の奥の院のことである。この本には1989年に日本経済の破局があると予言されているが、それはみごとに的中している。著者は馬野周二(うまのしゅうじ)氏。日本における陰謀論の草分け的存在である。彼は1970年代のオイルショック当時、「石油危機の幻影」という著書を著わしオイルショックが国際石油資本の陰謀であること立証し日本国民に警鐘を鳴らした人物だ。馬野氏は通産省の技官を勤めたあと戦後まもなく米国に渡り化学技術者として長く活躍したのちニューヨーク工科大学の教授を勤めた人だ。この著書の推薦者の一人として小室直樹が名前を連ねている。彼の推薦文にこうある。
    「1989年に経済破局がくる。フリーメイソンなどイルミナティの手先に過ぎない。イルミナティはアメリカ東部のエスタブリシュメントを巻き込み、虎視耽々と日本の喉笛をねらっている。大恐慌を起こしそのどさくさにまぎれて日本経済を征服しようというのだ。この大陰謀にくらべればオイルショックの円高不況でさえも児戯に類する。日本人よ無知によって生命を失うことなかれ。アメリカ研究の泰斗馬野氏渾身の力作。馬野経済史観による日本経済の将来を予測するの書。」
    とある。この推薦文から分かる通り小室は国際金融財閥の実態を熟知しているのである。わずか四年間のアメリカ留学生活であったが彼はアメリカに巣食う強大な権力の実態を正確に把握していたのである。渡米前、友人に必ずノーベル賞を獲って帰って来ると豪語した小室が数年後「もうアメリカから何も学ぶものはない」と言って静かに帰国した背景にはノーベル賞が国際金融財閥に奉仕した人間にだけ与えられるご褒美に過ぎないことを喝破していたからに他ならない。

    小室直樹は今やソビエトの崩壊を予言した人物として一部の学者や文化人に神様のように崇められ「天才小室」とか「学問の神様」といってもてはやされている。このようなおべんちゃらを聞くにつけ小室が堕落しはすまいかと心配になる。彼の持論である「宿命の対決−日米は二度戦う」は次第に実現の可能性を濃くしつつある。阿呆な取り巻きを一掃して、日本の命運を担う彼の人生最大の大仕事、日米対決への処方箋をじっくりと完成して欲しいものである。