1999/03/28  支配の構造−アメリカ(2)                                        前ページに戻る


                                                          
宗教国家

WASPとはイギリスから宗教的迫害を逃れてメイフラワー号に乗ってやってきたピューリタン(清教徒)の
子孫達であり、現在のアメリカ東部の上流階級(東部エスタブリシュメントと呼称される)を形成している
といわれる。彼らの信仰はプロテスタントと呼ばれるカルビンの唱えたキリスト教の新教の一派であり、
その教義には資本主義を生み出し発展させる「予定説」への合理的解釈が組み込まれていた。イギリス
が世界に先駆けて産業革命を起こし、いち早く資本主義の発展に成功することができたのはイギリスが
国家の公認宗教として17世紀後半以降プロテスタンティズム(新教カルビン派)を採用したところに大き
な要因があった。WASPの祖先はプロテスタンティズムをアメリカに持ち込むことによって後に巨大な発展
をとげるアメリカ資本主義の種を蒔いたのであった。

資本主義の発展をうながした「予定説」について簡単に説明しておこう。ヨーロッパの中世キリスト教社会
はローマカトリック教会が絶対的権威をもった宗教的身分社会であった。いわば教会が宗教を独占して
おり、王侯貴族も一般庶民も教会の教えに従って生活しなければならない「聖俗二元論」の世界であった。
この宗教のあり方に抗議して、16世紀にカルビンやルターによって宗教改革が唱えられローマカトリック
(旧教)に対抗してプロテスタント(新教)が生まれたのである。プロテスタントの考え方は「人間は神のみ
に仕えるものであって教会や王に仕えるものではない。ただ聖書のみが真に神の言葉を伝えるものであり、
絶対的に信頼できるものである。したがって一般庶民も聖職者と同じように禁欲生活を送り、聖書の教え
を守って生きるべきである」としたのである。つまりプロテスタントにおいては聖書が神の言葉(絶対の真理)
を伝える最も重要なものとされたのであった。

この聖書の記述を絶対的に正しいものとする考えは教会のあり方に不満を抱いていた庶民に瞬く間に広ま
っていったが、この考え方の中には信仰そのものを否定してしまう自己矛盾が内包されていた。それは聖書
の中に明確に記述されている「予定説」によってであった。聖書の「予定説」によれば、「人はこの世に生まれ
てくる以前から神によって運命が定められており、個々人の救済もあらかじめ決まっている。さらにこの世で
人がいかに熱心に信仰しようがすまいが神による救済の決定は絶対に変えることはできない。」というもので
あった。熱心に信仰しても神による救済があるかどうかは神のみぞ知るということであり、確実に御利益を得
られる保証はないというのである。いったいこんな宗教を信仰する人がいるだろうか。御利益を願う庶民なら
誰も信仰しないだろう。聖書の中にはこのような自己の宗教を否定してしまうようなことが平気で記述されてい
るのである。ローマカトリックでは聖書には誤った記述もあるという解釈であったため「予定説」はその誤った
記述の一つとして取り扱われ、大して問題にはならなかった。それに反して、聖書の記述を絶対的に正しい
ものとするプロテスタントにおいてはこれが決定的に致命的な大問題となったのである。

カルビンはこの「予定説」に対して次のような解釈をくだすことでピンチを最大のチャンスに変えたのである。
すなわち人は自分が神に救済される人間かどうかを知る唯一の方法がある。そのためには人はこの世で
禁欲と勤労の生活を送り、懸命に働いて富(金)を手に入れ、その富を享楽に使わず再生産のために投資
を行い、さらに勤労に励まなければならない。このような禁欲と勤労の生活を生涯にわたって繰り返すこと
によって富が蓄積されていくならば、それが神がその人間を救済することを認めた証拠であるとしたのである。
この考えは非常に分かりやすく、何よりも個人が豊かになる富の追求と宗教的救済がワンセットになっていた
ため庶民の間に爆発的に広まっていったのである。イギリスではこのカルビンの新教を信仰する清教徒(ピュ
ーリタン)が国王の宗教弾圧に対抗して清教徒革命を起こし、国の公認の宗教をカトリックからプロテスタント
(新教カルビン派)に変えさせたのであった。こうしてイギリスではプロテスタンティズムが国家の公認宗教と
なったため、熱烈な宗教心と富の追求が一体化して資本主義が本格的に胎動し発展していったのである。

先に述べた通りWASPの先祖はこの清教徒(ピューリタン)の一派であった。アメリカのプロテスタントは元来、
アメリカ東部のニューイングランドに住み着いたピューリタンの集団だったのである。彼らは当初、選民意識
が強く、救済の確信のもとに自らの信仰を守ることに情熱を注ぐ独善的で閉鎖的な宗教集団であった。彼ら
は布教を行わず、ピューリタンだけで構成される聖書による共和国をめざしていたのである。しかしプロテス
タントの教義の中から必然的に派生してくる富の追求の精神が彼らを否応なく独立戦争に駆り立てることに
なったのである。世界史の教科書などでは、アメリカの独立戦争は不当な茶税に憤ったアメリカの植民者が
本国イギリスに対し不平等な関税の撤廃を要求して起こした戦争のようにいわれるが、少しばかりお茶に掛
かる関税が高くなったくらいで戦争が起こるわけなどないではないか。実際はコロニー(開拓地)での独自の
通貨の発行をイギリス本国が認めなかったことが最大の原因であった。この通貨発行権を獲得する闘いが
全コロニーに波及したのが独立戦争であったのである。通貨の発行権がなければ永久にイギリス本国によ
る植民支配に甘んじなければならず、収奪と隷属を余儀なくされる運命が待っているからであった。それでは
プロテスタントは自由な富の追求ができず、永久に神の恩寵を受けることができなくなってしまうのであった。
つまりアメリカの独立戦争はプロテスタントの教義と信仰心から発するやむにやまれぬ戦争だったのである。
ここにすでにアメリカの資本主義の萌芽がみられるのである。

アメリカは独立戦争に勝利した後、必然的にプロテスタントの富を求める経済活動から国土を南部、中部、
西部へと拡大していった。こうして東部に根づいていたプロテスタントはアメリカ全土に散らばっていったの
である。さらに資本主義の発展にともなって社会階層が生まれてくると、それに応じてプロテスタントの中に
も様々な宗派が形成されていったのである。またこの時代、多くの移民の流入によってWASPとは異なる
ドイツ、オーストリア系のプロテスタントやアイルランド、イタリア、ポーランドなどのカトリック教徒、ユダヤ人
によるユダヤ教なども流入し、後の複雑な宗教国家アメリカの原型が築かれていったのである。

アメリカは多宗教国家ではあるが、その宗教はキリスト教を母体とする一神教である。この点ではユダヤ教、
カトリック、プロテスタントも同族の宗教といえるのである。歴史的にはユダヤ教から原始キリスト教が派生
し、これが成長してカトリックとなり、さらにカトリックからプロテスタントが派生したわけである。現代のアメリカ
ではカルトとよばれる新興宗教が多数存在するが、これらもすべて一神教であり、キリスト教の亜流である。
アメリカには三千とも四千ともいわれるキリスト教の流れを汲む宗派が存在し、アメリカ国民の心の拠り所と
なっているのであるが、大別すれば、現代のアメリカでは全国民の85%がキリスト教徒であり、さらにその
キリスト教徒の内訳についていえば、プロテスタント系が60%を占め、カトリック系が25%を占めている。
残りの15%にユダヤ教や疑似キリスト教が含まれ、キリスト教とまったく無関係な宗教を信仰する人々はそ
の中でもごく少数に過ぎないのである。すなわちアメリカは依然としてプロテスタントが最大勢力を誇るキリスト
教宗教国家なのである。

アメリカ人の多数派であるプロテスタントは社会の中核を占め、いわゆるアメリカ人の気質を代表していると
言えよう。プロテスタントがアメリカの表の顔であることは、たとえば歴代アメリカ大統領の信仰した宗教につ
いて調べてみると理解できる。これらの大統領の中では、ただ一人ジョン・F・ケネディがカトリック教徒であっ
た例外を除いては、残りは現在のクリントンにいたるまで全てプロテスタントである。このプロテスタントの宗教
的教義から自然発生的にに生まれたものがアメリカ人気質なのである。端的にいえばそれは「個人主義」と
「自由主義」とに要約できるのだが、このあたりは次の「自由と民主主義」の項で詳しく解説することする。

さてプロテスタントは資本主義の発展にともなって発生した社会階層に応じて各宗派に分裂したが、現在では
200以上のプロテスタントの宗派が存在し、互いに自己の正当性を主張してはばからない。プロテスタントは
先にも述べた通り、聖書を唯一絶対のよりどころとしたため必然的に聖書の解釈の違いによって宗派の分派
が起こったのである。プロテスタントの大きな宗派を上流階級から順に階層的に記述すると、プレスビテリアン
(長老派)、コングリゲーション(組合教会派)、ユニテリアン派、メソジスト派、ルーテル派、バプティスト派と続
き、最後に最下層の白人貧困層と黒人に支持されるペンコティスト派がある。このうちアメリカ最大の宗派が
バプティストでありそれに続くのがメソジストである。これら各宗派はそれぞれがさらに数十の分派に枝別れし
ており細かな点で教義の解釈を異にしているのである。しかしこれらはヨーロッパから渡ってきた宗派であり
大筋では似通たものとみなすことができる。アメリカにはこの他にプロテスタントとしてアメリカで独自に誕生し
たアメリカ産の宗派もある。たとえば日本でも馴染み深いモルモン教やエホバの証人はこの部類に属してお
り、さらにクリスチャンサイエンス、セブンスデイ・アドベンティスト、ボーン・アゲン・クリスチャンとよばれる聖書
を熱狂的に信仰する宗派があり、それぞれ独自の教義をもち、積極な布教活動を行っているのである。

アメリカで極右といえばプロテスタントの白人至上主義者を指す。彼らはプロテスタントの教義を熱烈に信仰し
原初のアメリカの開拓時代を理想とした狂信的な人種差別主義者である。その結社はKKK(クー・クラックス・
クラン)の名前で知られている。彼らの理想はアメリカは白人のプロテスタントの国でなければならないという
ものである。したがって歴史的に有色人種やユダヤ人に迫害を加えてきた。特に開拓時代の奴隷制度のもと
で奴隷として扱われてきた黒人に対しては人間としての尊厳を一切認めず、これに反抗する黒人を徹底的に
弾圧してきたのである。彼らはまた、19世紀の終りにヨーロッパからカトリック教徒が移民として大挙移住して
くると、教義の違いから、このカトリック教徒にも迫害を加えたのであった。宗教には得てしてこういった偏狭で
閉鎖的な独善性がつきものだが、プロテスタントの場合は迫害行為そのものが神の救済と結びついて正当化
され、極端に狂信的な行為にエスカレートしていく傾向がある。一般に白人のプロテスタントは極右組織のそれ
とは異なって表立って人種差別を行うことはないが、彼らの心の奥底には潜在的に白人優越、有色人種蔑視
の意識が眠っていることを胆に銘じておく必要がある。太平洋戦争の末期、落とす必要のない原爆を日本に
投下し、モルモットにみたてて、非戦闘員の日本人30万人の尊い命を奪った行為は、アメリカ人、すなわち白人
プロテスタントの中に潜在的に眠っている人種差別の意識がなせる業と見て取れるのである。

アメリカはプロテスタントに加え、カトリック教徒、ユダヤ教徒、キリスト教の新興宗教など、さながらキリスト教的
一神教のメッカとなっている国家である。そしてこれらの多数の宗派と様々な人種や民族の形成する社会階層
が呼応して、アメリカは民族と宗教と階層を三つの軸とする三次元的な座標空間のモデルとしてとらえることが
できるのである。アメリカ国民とはその座標空間の座標の数だけタイプがあると考えられるのである。しかしこの
国には南北戦争以後、多数の移民と宗教の流入にも関わらず国家を分断するような大規模な内乱は一度も起
こっていない。それは先に述べた通り、表向き「自由と民主主義」という政治理念と「資本主義」という経済原則
が国民に夢と実利あたえてきたからである。アメリカは壮大な人類の実験国家であった。無尽蔵の天然資源の
眠る広大な国土の中に、それぞれの母国で食い詰めた様々な民族からなる無数のハングリーな貧者を投入し、
「自由と民主主義」と「資本主義」という二つの理念を与え、そのルールのもとで自由に競争をさせた時にいった
い何が起こるかを実験したのがアメリカという国家であった。その結果、人類は人種、民族、宗教が如何に異な
っていようとも「自由と民主主義」という精神的栄養が満たされ、かつ「資本主義」の産み出す経済的栄養にも満
されるならば、一つの国家の中で十分に共存していくことができることを証明したのであった。

アメリカという国家の歴史的存在は「人種、民族、宗教が混在するところには必ず紛争と分裂が起こる」という考え
がデタラメであることを証明した。それは独断と偏見に過ぎないのである。人類は政治的理念としての精神的栄養
と物質的充足を与える経済的栄養が満たされれば、それぞれの民族が民族としての誇りを保ち、それぞれの宗教
が宗教としての尊厳を保ちながら平和に共存していくことが十分可能なのである。これらの栄養が満たされた状態
にありながら民族紛争や宗教紛争が発生するようなことがある場合は、それは不自然な状態であると疑って考える
べきである。そのような場合は必ずその裏に意図的に情報操作された騙しとウソが存在するはずである。実際は
その紛争当事者とは無関係な第三者が漁夫の利を得ようとして陰で謀略の糸をたぐっているものなのである。
しかし精神的栄養や経済的栄養が絶対的に不足した場合は必ず紛争と分裂が起こる。これは歴史の鉄則である。
残念ながら現在のアメリカは精神的栄養と経済的栄養がともに不足気味になってきており、危険な兆候が見え始め
ている。そこで次にアメリカの精神的栄養である「自由と民主主義」について考察してみることにする。

                                                    ( つづく )