1999/02/15  支配の構造                                                前ページに戻る


                                                          
人間は社会的動物である。集団から孤立しては生きていけない。人類は自然の脅威や
外敵からの攻撃にさらされながら、社会という集団を形成することで最強の種として発展
してきたのである。人類の叡智は集団を序列化することと集団を統制する掟(法)を定める
ことで社会秩序を安定させてきた。さらに集団を分業化することで生産性を向上させ、経済的
に豊かな発展を達成してきたのである。したがって人間のつくる社会集団には必然的に序列
が存在し、序列の上位のものが掟を司る権力を掌握するという形態をとってきたのである。

集団が小さなうちは体力、知力にすぐれた人望のある有力者が集団の指導権を握りまつりごと
にあたってきた。この有力者の仕事は、集団のメンバーに公平に収穫物の分配を行うことであり、
もめごとが起こった場合に掟にしたがって処理することであり、集団の祭事を司ることであった。
これは原始的ではあるが人間集団の最も自然で理想的な姿であった。世界中のどの民族の
ルーツをたどってみても、はるか遠い昔にその民族の礎を創った伝説的な英雄がいて理想的な
政治を行ったことが伝承されている。それはその民族のめざす理想的社会の原点としていまなお
語り継がれているのである。

しかし集団の規模が大きくなるにしたがって、人間の集団は二つの独立した暴力装置を必要とした。
一つは外敵にそなえる軍事力(軍隊)であり、いま一つは内的な秩序維持のための警察力である。
この二つの武力の実権は集団の最上層部に位置する指導者が掌握した。指導者はこの二つの力を
後ろ盾として外交と内政に励み、集団の秩序維持と社会的発展を計ったのである。この集団がその後
数千年の歴史を通じて、あるものは滅び、あるものは生き延びて、成長発展し今日に至ったものが
すなわち国家なのである。

今日の国家も形態としては法と階層的な人的序列を持ち二つの暴力装置を後ろ盾として秩序維持を
行っている。外見的には原初の集団社会とまったく同じである。しかしその中身はそれとは正反対の
構造となっている。現代の社会の基本原理は強者による弱者の合法的な収奪である。この社会では
今や「公平」という言葉は死語と化しつつある。権力者は原初のいたわりの気持ちを失い、我欲を満
たすことに汲々としているのである。この現代の歪んだ国家支配の構造をアメリカとその下位に位置
する日本について解析してみたい。
                                                  (つづく)