1999/01/20  国家、国益について                                                     前ページに戻る


                                                          
国家という言葉がある。
それは地球上で国として認められた一つの単位のことを指す。
しかしこの言葉を使用する時、その国に住む人間を十羽ひとからげ
にして扱い、ものごとの本質を見えなくしてしまう危険性がある。
たとえば「アメリカとイラクが戦争をした」という場合には、
あたかもアメリカという国に住む国民全員とイラクに住む国民全員が
互いに一団となって戦争をしたような錯覚を生んでしまうのである。
またそれぞれの国民はこの言葉に幻惑されて、アメリカ国民のすべての
個人とイラク国民のすべての個人が互いに戦闘をおこない、憎しみ合わ
ねばならないかのような深刻な心理状態に追い込まれていくのである。

国家間の戦争というものはその国を支配するもの同士の戦争である。
したがて上の話は正しくは「アメリカを支配するもの」と「イラクを支配
するもの」が互いの利益を確保するためにいがみあって戦争をしただけ
の話なのである。一般国民は支配者連中の口車に乗せられた哀れな
被害者に過ぎない。考えても見よ、アメリカ国民の個人Aとイラク国民の
個人Bは、地球の反対側に住んでいて、一度も会ったことがない人間達
だ。もちろん言葉なんて交わしたこともなく、個人的な利害の対立などない。
だから当然憎しみなどわく訳はなく、戦争なんて起こりっこないのだ。

マスコミは国家と国家が戦争にいたろうとした場合は、正確に
「A国の支配者」と「B国の支配者」が「しかじかの利権を争って」戦争に
いたろうとしていると報道すべきなのである。このように報道されれば、
それぞれの国の国民は常にその国の支配者の横暴に苦しめられている
ので、支配者の口車に乗せられることなく無視してやり過ごそうとするだろう。

同様に危険な言葉に国益という言葉がある。
この言葉は日本でもお馴染みで、政治家が好んで使いたがる。
しかしこの言葉の正確な意味を掴んでいないと大変なことになってしまう。
国益とはけっして「すべての国民が恩恵を受ける利益」のことではない。
その本当の意味は「その国を支配する一部の権力者の私的利益」のこと
である。わが日本国では大銀行を中核とした大企業グループのトップと
その手先の高級官僚や政治家からなる閨閥で繋がったごく一部の人間
集団の利益のことである。

だから「国益を守るため」という美辞麗句のもとに、政治家や大マスコミが
盛んに何らかのプロパガンダを吹聴しはじめたら、国民の血税がわけの
わからぬ大義名分をよそおって、かれら権力者の利益を守るために横流
しされる前兆であると警戒しなくてはならないのである。